デス・オーバチュア
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「さあ、始めるか」 庵から出てきたディーンは、レトロ(復古調)な雰囲気の真っ黒な制服の上に青い外套を羽織っていた。 「学生服?」 その姿を見て声をあげたのはクロスである。 「ふん、よく知っているな、銀ぴか。これが俺の『正装』だ」 ディーンは左手に持ったトックリから酒を呷りながら答えた。 ちなみに、右手には木刀を持っている。 「ぷはぁ……何せ、俺は十八歳の若者だからな」 ディーンはそう言って、愉快そうに笑った。 「……アニスにしろ、あんたにしろ、いったいいくつ鯖を読んでやがる……?」 育ての親が、子であるガイより年下なわけがない。 そもそも、アニスにしろ、目の前のディーンにしろ、初めて会った時からまったく歳をとっていないのだ。 ディーンはあの頃から自称十八歳だし、アニスはいつまで経っても育たず十歳児の外見のままなのである。 「さて、お前らはどうする? 見物しているか? それともついでに鍛えてやろうか……特にそこの黒いの?」 ディーンはガイのツッコミは無視して、タナトス達に話しかけた。 「えっ……」 「どうせあの捨て猫から、ついでに俺に鍛えてもらえとでも言われているんだろう?」 「ああ……確かに……そのつもりだったが……先に魔女の方を捜さなければいけない訳が……」 「たく、てめえが鍛えてやれってんだよ。闘法が近いんだからよう……」 「えっ!?」 タナトスは自分が神剣を、大鎌を使うなどと教えた覚えはない。 だが、ディーンはそのことを当然のことのように知っているみたいだった。 「まあ、とりあえずは見学してな。俺はこれから、この馬鹿弟子がどれだけ弱くなったか確かめなきゃいけないんでな」 「なんだと……」 ガイは剣を両手で正眼に握り直すと、ディーンを睨みつける。 「まずは足だけで相手をしてやるよ。足だけで捌けなかったら木刀を……木刀でも足りなかったら……こいつを抜いてやる」 ディーンは親指で、両腰に差している二振りの曲剣を指差した。 「……あまり俺を舐めるなっ!」 開始の合図などない。 ガイは一瞬で間合いを詰めると、迷わず剣をディーンに振り下ろした。 「凄い……」 「デタラメもいいところね……」 タナトスとクロスのその光景を見た感想である。 ディーンは宣言通り、足だけでガイの相手をしていた。 それも酒を飲みながらである。 「くっ……ふざけるなっ!」 ガイが左手に持った剣を斜一文字に振り下ろすが、その刃は標的に届くことなく、ディーンの左足によって蹴り上げられた。 「おらっ!」 さらに、蹴り足を引き戻すと一度も地につけずに、透かさずガイの腹部に叩き込む。 「ふっ!」 ガイは辛うじて右手を、腹部とディーンの蹴り足の間に入れてガードこそするが、そのまま派手に後方へと吹き飛んだ。 「自然は大切にしないとな」 ディーンは、森の方に飛んでいくガイを先回るようにして出現すると、庵の方へとガイの背中を蹴り返す。 「があっ!?」 「終わりだ」 ディーンはさらに庵の前に先回りして出現すると、飛んできたガイを左足の踵落としで大地に叩きつけた。 「ふん、やっぱこの格好の方が蹴りやすくていいな」 満足げな微笑を浮かべると、トックリから豪快に酒を呷る。 「…………」 タナトスは絶句するしかなかった。 彼の強さを表現する言葉が思い浮かばない。 ディーンは、ガイの剣撃を全て『蹴り』で受けていたのだ。 剣と足による打ち合い……剣戟など聞いたこともない。 ガイの放つ一撃一撃を、蹴り上げ、蹴り落とし、巧みに捌き続けていたのだ。 そして、最後の先回りしての蹴りの三連撃である。 タナトスの目にも、ディーンの動きがまったく捉えられなかった。 まるで瞬間移動。 二回の先回りは、突然その場にディーンが出現したようにしか見えなかった。 「しかし、これじゃあ話にならねぇな……剣士としての致命的な欠陥を指摘するまでもない……単純に弱すぎる……どうしたもんかな、これは……?」 「師匠〜、お酒貰ってきましたよ〜」 森の中から陽気な女の声が聞こえてくる。 「ん、桜か……」 「海辺の方に変なモノ飛ばしたの、師匠でしょう? 駄目ですよ、あんなの海に捨てちゃ……海が汚れちゃいますよ」 十三騎の一人であるハーミットを『変なモノ』呼ばわりしながら、森の中から殲風院桜が姿を現した。 「ん……?」 「あらら〜」 タナトスと桜の目が合う……と言っても、桜の方はサングラス(黒眼鏡)越しなのだが……。 「……お前……どこかで会ったこと……なかったか……?」 「あははーっ、初対面ですよ。殲風院桜と申します、どうぞお見知り置きを……」 桜はタナトスに深々と頭を下げた。 「ああ……私はタナトス・デッド・ハイオールドだ、よろしく頼む……」 何か違和感のようなものが消えないが、タナトスもとりあえず名乗り返す。 「はい、宜しくお願いしますね、タナトス様〜」 「あ……」 「初めまして、殲風院桜です。よろしくお願いしますね、可愛いメイドさん」 桜を見てファーシュが何か口にしようとするが、それより早く桜が挨拶をした。 「…………」 「…………」 「……ええ、初めまして……桜さん……」 「あははーっ」 しばし無言で見つめ合った後、何とも微妙な表情でファーシュは挨拶を返す。 「何やっているんだか……で、あたしには挨拶ないの? 初対面の桜さん?」 「これは失礼しました。初めまして、クロスティーナさん」 「ええ、初めまして……宜しくね、桜さん」 見つめ合った二人は同時に、口元に微笑を浮かべた。 「挨拶は済んだか? 丁度いいところに帰ってきたな、桜……俺と代われ」 「はい?」 「優秀な弟子のお前が、不肖の兄弟子の相手をしてやれって言ったんだよ」 こいつのことだとばかりに、ディーンは倒れているガイの頭を軽く蹴飛ばす。 「ええ〜? 無理ですよ、師匠〜。わたし、師匠に剣術習い始めてまだ一週間ですよ、一週間! 勝てるわけないじゃないですか!」 「充分だ」 一陣の風が吹き抜けたかと思うと、ディーンの姿が桜の真横に移動完了していた。 「別に勝たなくていいんだよ。まあ、勝てるなら勝っちまっても別にいいが……よっと」 ディーンは、桜が地面に下ろしていたトックリを連結させた長棒を担ぐ。 「いくら才能に差があるとはいえ、剣術始めて一週間のお前に負けるようならもう見込みどころか……生きている価値すらねえ……その時は駄作に相応しく作り手(師匠)である俺の手で叩き割ってやるさ……じゃあ、頑張れよ、桜」 ディーンは先程と同じように、目視できない速さで、庵の前に移動した。 「もう……」 「えっ?」 クロスの隣に居たはずの桜の姿が突然消える。 「……師匠も無茶苦茶なんですから……」 桜の姿は、倒れているガイのすぐ傍にあった。 「……姉様、今の動き見えた……?」 「ああ、目には止まらなかったが、目に見えない程ではなかった……」 タナトスはよく分からない表現で答える。 「そう……なんだ……?」 ちなみに、クロスの目には桜の姿は影すら見えていなかった。 「……どこまで……」 大地に倒れ伏していたガイがゆっくりと立ち上がる。 「……俺を馬鹿にしてくれる……!」 「馬鹿にされたくなけりゃ俺より強くなるんだな……ちなみに、桜は結構強いぞ」 「あははーっ、買い被りですよ、師匠〜」 「ふん……」 ガイは鼻で笑うと、剣を正眼に構え直した。 「初めまして、先輩……桜と申します。弱輩者ですが、どうぞよろしく」 桜は一礼した後、背中に背負った長刀をゆっくりと引き抜く。 「……では、参りますよ〜!」 長刀を両手で握り直すと、桜は一足で間合いを詰めて、ガイに斬りかかった。 爆音のような轟音が森に響く。 桜の振り下ろした長刀をガイの剣……神剣『静寂の夜(サイレントナイト)』がしっかりと受け止めていた。 「神剣と真っ正面からぶつかって折れない刀か……」 長刀の刃は漆黒の輝きを放っている。 「あははーっ、流石に神剣にはちょっとばかり劣りますけどね!」 桜は弾けるように、後方へと跳び離れた。 そして、着地と同時に勢いよく剣を振り下ろす。 「殲風院流弐ノ太刀 烈風!」 「ちっ!」 桜の長刀が振り切られる寸前に、ガイは横に跳び離れていた。 ガイが直前まで立っていた場所の後ろにあった大木が跡形もなく消し飛ぶ。 「弐ノ太刀 烈風……文字通り烈風の如き剣風を叩きつけて相手を跡形もなく消し飛ばす遠距離殲滅技……」 完全破壊された大木から横に数メートル離れた場所に、ガイが何事もなかったように立っていた。 「あはは、やっぱりかわされちゃいましたか……それなら……」 一陣の風のように、桜が一瞬でガイの横を駆け抜ける。 「一ノ太刀 疾風……文字通り疾風の如き速さで相手の横を駆け抜け様に斬り捨てる……殲風院流の初歩の初歩、一番の基本にして神髄でもある技……」 ガイの立っていた場所から、桜が立ち止まっている場所までに存在する全ての大木が、横に真っ二つに両断され、崩れだした。 「あやや〜、これもかわされちゃいましたか……」 大木が全て崩壊し倒れると、桜はガイの方へ振り返る。 「流石、先輩強いですね〜。わたし、師匠以外に疾風と烈風をかわされたのは初めてですよ……もっとも、師匠以外に試したことはありませんでしたけどね〜」 サングラスで目元は解らないが、桜は常に楽しげに笑っているようだった。 「ふざけた女だ……」 「あはっ!?」 桜の視界からガイの姿が唐突に消える。 次の瞬間、突風が巻き起こり、桜を空高く舞い上げた。 「今のは疾風ですか……?」 桜は、一瞬にして目前に迫った影のようなものに、咄嗟に長刀を合わせたのだが……凄まじい風圧で空へと舞い上げられてしまったのである。 「それ以外の何に見えた?……いや、『見えなかった』のか?」 「ふぇ?」 ガイは桜の頭上に出現すると、左足の踵を彼女の脳天に叩き込んだ。 「ふぇぇぇぇぇっ……!?」 桜は隕石のように勢いよく地表に叩きつけられる。 「ふん……」 ガイの姿が空から消えたかと思うと、次の瞬間には地上に姿を現していた。 「……あはは……師匠程じゃないですけど『蹴り』も使えるんですね……先輩……」 脳天をさすりながら、桜が立ち上がる。 「……では、今度は全開で行きますよ〜!」 「…………」 桜の姿が消えたかと思うと、後を追うようにガイの姿も掻き消える。 「えっ……何よ、これ?」 爆音の如き轟音が森に響き続けていた。 おそらく、二人がぶつかり合い、斬り合っている音とは推測できるが、クロスの目には二人の姿は影すら映らない。 「……姉様……見える……?」 「ああ、殆ど影にしか見えないが……一応見える……もっとも、あくまで見えるだけで、捌けと言われては困るが……」 タナトスは目を激しく動かし、二つの影を追い続けていた。 「この程度がお前の全開か?」 「はい?」 ガイと桜は疾風の速度で、何度も斬り合っていた。 剣と長刀が交錯する度に爆発するような轟音が響き渡る。 「確かに、お前は天才だな、一週間そこらで殲風院流の基本三風を修得するとはな……だが……」 「えっ?」 ガイの姿が桜の視界から消えた。 彼女の周囲を、微かな気配と、風が荒れ狂うような音だけが駆け巡る。 疾風の如き速度で地上を駆け続ける桜の周りを、さらに速い無数の疾風が包囲するように駆け回っているかのようなだった。 桜がどこに逃げようと、疾風の包囲網は決して彼女を逃さない。 「なんですか、これは!? これではまるで……」 「疾風にて汝が勁草(けいそう)を示せ……一塵法界(いちじんほうかい)!」 「あっ……あれれれれれれれええええっ!?」 凄まじい風の爆音と共に、桜が全身から血を噴き出しながら空高く打ち上げられた。 「一桁遅いんだよ、お前は」 打ち上げられる直前まで桜が居た場所に、代わりにガイが立っている。 「あふぅ!?」 ガイは、落下してきた桜を庵……ディーンに向かって蹴り飛ばした。 「…………」 ディーンは、弾丸のような勢いで飛んできた桜を、酒を飲みながら、左足の踵落としで大地に叩き落とす。 「ぐはぁっ!?」 桜の体は地面にめり込み、赤い液体が周囲に飛び散った。 「最愛の弟子じゃなかったのか……?」 桜に対する対応の粗雑に、ガイは自分でディーンに向かって蹴り飛ばしておきながらも、哀れに思わずにはいられない。 「ああ、殲風院の名をくれてやるぐらい優秀な弟子だ、駄作のお前と違ってな」 ディーンは愉快げな微笑を浮かべながら答えた。 「……だったら、もう少し大事に扱ってやったらどうだ……?」 「お前みたいにか? 本当は桜を微塵切りにできたのに、軽く切り刻む程度に抑えやがって……相変わらず甘い奴だ」 「ふん……殺す気も沸かない程そいつが弱かっただけだ……」 ガイは剣を振って、刀身を汚す血を払う。 「……だそうだ、桜」 「なんだと?」 大地にめり込んで沈黙していた桜が、ディーンの声に答えるようにビクリと震えた。 「……あ……あは……あはは……」 力無く笑いながら、長刀を杖代わりにして、桜がゆっくりと立ち上がる。 「……凄いですね、先輩……一桁というか、一次元というか……一回り速度が違うんですから……まったく見えなかったですよ……」 桜は、切り裂かれ、己の血で穢れた黒い上衣(着物)を脱ぎ捨てた。 「あ……」 長刀の鞘と短刀が、ガイに切り刻まれた場所に落ちていることに気づく。 「まだやるのか? やるならやるで、短刀と鞘を拾うのを待ってやってもいい……」 「いいえ、その必要はないですよ」 「ほう、じゃあ、もう負けを認めるのか……?」 「それもいいえです。短刀は最初から抜く気はないですし、鞘もこれから放つ技には必要ありませんから……」 桜は両手で長刀を握り直すと、正眼に構えた。 「……ところで、先程の一塵法界という技……一次元上の速度で相手を包囲し……全方位から一斉に『疾風』を放つ技……であってますか?」 「……なんだ、見えているじゃないか……その通りだ……一ノ太刀 疾風の変形、発展の技だ……」 ガイもまた剣を正眼に構える。 「変形? 発展?」 「基本三風……そこのアル中は剣術はこの三つの技しか教えなかっただろう?」 ガイは確認するように尋ねた。 「え? はい……」 「誰がアル中だ、餓鬼が……」 ディーンはアル中呼ばわりは気に入らなかったようだが、ガイと桜の話には口を挟む気はないようである。 「殲風院流剣術には無数の技が存在する……だが、師が弟子に伝授する技は基本にして神髄である三つだけだ。後の技はその三つを変形、発展、複合等させて……自分で編み出していくんだよ……例えるなら、基本三風とは光や色の三原色のようなもの……全ての技の基盤だ……」 「へえ〜、そうだったんですが……基本三風だけでもう剣術は極めた気でいましたよ……あははーっ、間抜けですね、わたし……」 桜の周囲の小石や落ち葉が浮かび上がりだした。 「では、行きます……今のわたしが使える最大の剣……」 小石や落ち葉だけでなく、土塊までもが彼女の周りを渦巻き始める。 「……『旋風』か……剣先から螺旋状の気流を放ち、進行上の全てのモノを殲滅する一撃必殺の剣……」 ガイは両手で握っていた剣から右手を離し、さらに両手を下ろして完全に無防備な体勢を取った。 「なっ……舐めているんですか、わたしを!? そっちがやる気なくても、こっちは全力で行きますよ!」 「ああ、舐めているわけでも、馬鹿にしているわけでもない……遠慮なく全ての力を振り絞って来るといい……」 「……では、行きますよ……殲風院流終ノ太刀…… 旋風・片刃!!!」 桜の黒刃の長刀から解き放たれた螺旋状の気流が、ガイを呑み込もうと迫る。 「悪くはない……だが……復讐の螺旋(スパイラル・オブ・ネメシス)に比べれば遙かに脆弱だ……」 ガイは静寂の夜を螺旋状の気流の先端に突き刺した。 そして、気流の力に逆らわず、その方向性を僅かにズラしていく。 「反二重奏(カウンター・ドゥエット)!」 ガイは螺旋の気流の勢いを倍加させて、桜に向けて打ち返した。 「そんなのありですか!?」 桜はまだ、旋風を放った直後の硬直状態が解けていない。 「ああああああああああああああああああぁぁぁぁっ!?」 放たれた時の二倍以上の大きさ、激しさを得た螺旋状の気流が、桜の姿を呑み込んだ。 一言感想板 一言でいいので、良ければ感想お願いします。感想皆無だとこの調子で続けていいのか解らなくなりますので……。 |